王宮脱出!
著者:月夜見幾望


「ミーティア様!どこにいらっしゃるのですか!?」

普段は閑静としたスペリオル王宮に、突如使用人の叫び声が響き渡る。
叫び声の主は、石英や大理石を多用して造られている白亜の大廊下を急ぎ足に、しかし音を立てないように走り抜ける。
なにせ今は早朝なのだ。朝早くから王族の朝食の支度や洗濯なので仕事がある使用人はともかく、まだ朝日が王宮を薄オレンジ色に彩るこの時間、城に住むほとんどの住人はまだ眠っていることだろう。

大廊下を駆けた彼女は、そのまま王宮の基部にあたる円形の宮殿内に飛び込む。
内部には赤い緋毛氈が敷かれ、数々の装飾品や彫刻が飾られている。
その一つ一つに職人の息吹が吹き込まれており、素人目にも造った者の温かみや技巧が感じられる。
スペリオル王宮を訪れた旅人や他国の使者が、現在のスペリオル聖王国の国王デュラハン・フォト・バース・スペリオルと謁見するための謁見の間があるのもここである。
当然、国王にもしものことがあってはならないので、ここには交代制で常時兵士が見張りを続けている。
その中の一人が、ただならぬ様子の使用人の姿を目ざとく見つけ、声をかける。

「一体どうしたのですか、そんなに慌てて。今日この王宮を訪れる客人の謁見申し込みは聞いていませんが……」
「いえ、そうではございません。ミーティア様がお部屋にいらっしゃらないのです! もうすぐ朝食のお時間なのに……。……ああ、どうしましょう。ミーティア様にもしものことがあったら……」
「とにかく落ち着いてください。私共もすぐに捜索にあたりますから」

動揺してパニックを起こしかけている使用人の女性をなだめながらも、兵士たちの間には、またか……という疲れの色が広がる。

ミーティア・ラン・ディ・スペリオル。
今年で7歳になる、このスペリオル聖王国の第二王女であるのだが……本人にその自覚はないのか、しょっちゅう王宮を抜け出す悪癖を持っている。
父であるデュラハンは、そんな娘の奔放ぶりにいつも頭を悩ませているが、ミーティアの気持ちが分からない訳ではなかった。
7歳と言えば、普通の家庭で育った子供なら近所や学校で知り合った友達と遊び、その中で友情を育みながら成長する年頃なのだ。
その点、今のミーティアに求められているのは王族としての嗜みと、世間や国政・魔術に関する教養。そんな面白くもないお仕着せな生活が嫌になるのも無理はない。

「ともあれすぐに探さなくては。半数は王宮の内部、残りは城下町のほうをくまなく探すように」
「はっ!」

その場にいた兵士たちが駆け出そうとした途端、

「朝早くから一体何事だ!? 規律が乱れているにも程があるぞ!」

張りのある声が広間の空気を震わせた。
その声に兵士たちはぴたっと動きを止め、広間に入ってきた人物に頭を下げる。
銀色の長髪に、他者を見下したような赤眼。
胸甲に燃え盛る炎の意匠が施された真っ赤な鎧フレア・アーマーを纏い、腰には長剣(ロングソード)よりやや短い魔道銀(ミスリル)製の剣を佩いている。
艶やかな白銀の刀身が特徴的なそれはエアブレードと呼ばれ、本来王族以外が宮殿内で持ち歩いていいものではない。
例外的に所持が許されているのは彼──この国の兵士を束ねる聖将軍(セント・ジェネラル)だけである。
武骨な表情からは感情を読み取るのは難しいが、身に纏った冷たい空気が彼の静かな怒りを表している。
その怒りを感じ取った先ほどの兵士が、頭を垂れたまま淡々と述べる。

「申し訳ありません、シャズール様。ですが、ミーティア様が失踪されたので急いで探さなければなりません」

報告を聞いたシャズールの目がきゅうと細くなった。
冷たい光が宿るその目は、まるで獲物を狙う肉食獣のそれを喚起させる。

「なにか書置きかメモのようなものは?」
「ミーティア様のお部屋にはございませんでした…」

女性が震える声で答える。

「ほう、それは王族にあるまじき行為ですな。今月になってもう三回目……いい加減、デュラハン様も一度厳しく叱責なされたほうがミーティア様の今後のためになると思うが、ミーティア様があの様子ではおそらく無理であろうな。セレナ様はしっかりなさっていると言うのに。……ただちに捜索を開始せよ」
「はっ!」

ばらばらに走り去っていく兵士たちを見届けてから、シャズールも元来た扉に引き返した。
シャズールからしてみれば、ミーティアの失踪など日常の瑣事だと考えている。
これまでにも何回かミーティアは王宮を抜け出したことがあるが、その日の晩にはちゃんと王宮に戻ってきていたし、兵士たちに任せておけばすぐに見つけられるだろう。
今、彼の思考を占めているのは、もうすぐ城下町で開催される武闘会である。
このスペリオル・シティに世界中から強者が集結し、己の腕と技を競い合う一大イベントだ。
本来、王宮の兵士たちは会場の警備にあたるのだが、今回は特別に国王の許可を貰い、シャズールも大会に参加することになっている。
聖将軍の肩書を持つ以上、その矜持にかけても絶対に負けるわけにはいかない。
そのため、最近はまだ朝日も昇らない薄暗い時間から、王宮の裏手にある兵士たちの訓練場で一人特訓を続けていたのだった。

「たとえ、あの醜悪なガルス帝国の狂者が挑んでこようと返り討ちにしてくれよう。真に強い者は蒙昧した殺人鬼ではなく、われらスペリオル聖王国の軍人なのだ」

その目には、さっきまでと違い、強い意志が秘められていた。





一方、ミーティアは階下でひと騒動が起こっているとは露知らず、二階部分にある見晴らしの良い露台(バルコニー)の縁に腰かけていた。
山間部から吹き下りる冷たい風が彼女のオレンジ色の髪をくすぐり、エメラルドのような緑色の瞳はまだ眠りに沈んだスペリオル・シティを映している。
幼いながらも高貴な血筋を感じさせる顔立ちは、きちんとしたドレスに身を包めば王女として十分通じるだろう。
……もっとも性格面では問題がありまくるのだが。

「さって、今日はどの辺に行こうかな! 南の商店街でもいいし、西にある魔術店でもいいわね。あっ! それとも中央広場にしようかな。武闘会の会場の準備をしているらしいし。一度どんなものか見てみてみるのも悪くないわね。よし、そうしよう!」

小柄な体が一気に跳ね起き、ポニーテールが左右に揺れた。
ミーティアはそのまま二階の回廊を半分ほど回り、手すりを乗り越え、危なげなく中庭に着地した。
噴水の水で描かれた虹や季節を感じさせる花々には目もくれず、一直線に裏庭を抜けて王宮の城壁へと走る。
城壁のブロックは一見隙間のないように見えるが、実は一つだけ外れるようになっている。
ミーティアはそのブロックを外すと、にっと微笑んだ。

──それは彼女が王女としてではなく、一人の子供として見せる可愛らしい笑顔だった。



あとがき

どうも、今回初投稿となる月夜見です。
ミーティアの幼少時代書きたいなあ、と思い書き始めてしまいましたよ。
ちなみに書こうと思った理由は、以前読んだ「ドラゴンクエスト5 天空物語」を思い出したからです。
子供でも冒険しようとする心はあるし、ミーティアならそんな勇気と知恵も持っていると思います。
ともあれ、これから始まるであろう「幼少ミーティアの大冒険」にお付き合い頂けたらと思います。
あ、それとスペリオル王宮の内部の構造や武闘会など、あれこれと勝手に書いてしまってすいません(汗)。
細かく書いたほうが雰囲気出るかな?と考えましたが、読み返すと地の文が多くなってしまいましたね……。
今後は会話多めになるように頑張ります;

それと、もしかしたら『彩桜』のほうも書かせていただくかも。
その時は、またよろしくお願いします。
では。



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